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ワンコリブログ      よさこいアリラン

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OB、OGスタッフ紹介

金永振(きむよんじん)

  前代表。

康典絵(かんちょね)

  前渉外局局長

海老原周子

  前広報局副局長。

趙昌徳(ちょうちゃんど)

  前演出局パンフ班班長。


現スタッフ紹介


金永欽(きむよんふん)

  営業統括局メインスポンサー班

梁貞美(やんじょんみ)

  制作局飲食班班長

宮崎俊太郎

  演出局メインビジュアル担当

永尾真由

  総務局ボランティア班


OBインタビュー

―「ONEKOREA FESTIVAL TOKYO 2004」の感想をお願いします
海老原: いやぁもう大変だったなぁっていうのに尽きますね。
でも大変だったからこそこの祭りが3月に開催されて、終わったときのやり遂げたっていう充実感が今までの人生の中で一番大きかったです。実際どれだけ大変だったかと言うと、クマとシミが取れなくなっちゃいました。
(一同笑)
睡眠時間が削られるし、今まで私はちょっと嫌なことがあると逃げちゃう癖があったけれども、それでも継続してやろうと思って、形を残せたっていうのは自分にとってすごい自信になったし、プラスにもなったし。
またこうして今年開催するのに運営してくれるスタッフがいて、「すごい私頑張ったなぁ」と感じます。
康: ワンコリの実行委員をやって2年経つんですけれど、結構まだまとめきれてないんです。
今思い返すと、祭りの作り方をほとんど知らない状態から始まったので、もうほんとがむしゃらというか、今自分が以前のこと考えると、ほんと恥ずかしくてよくあんなことしてたなっていう…恥ずかしさがこみ上げてくるような思い出が多くて(笑)。
また、会議中にお互い怒鳴りあうというような暗黙の掟があって、わざとストイックな状況を作ったりもしたなぁ…うん。
海老原: ただそれをやってもスタッフが離れなかったのは、やはり信頼関係があったから言いたいことを言えたし、ぶつかりたいときぶつかれたかなってのはあります。
康: でも本当に楽しかったなと思う。
あれだけの濃い時間を過ごせたのは、後にも先にもこれだけだったなって。でももう一回やれって言われたら、無理かな(笑)。
趙: 2004年の感想…痛くてつらくて悲しかったけど、ほんとにつらかった。 (一同笑)
  自分はパンフレット作製だったから、大体はスタッフと会って仕事を進めることが多かった。
制作の飲食班だったり営業の広告班だったり。パンフレットのコンセプトが当日のナビゲーション役で、それに伴う対人セッションがすごい多かった。ぶつかることもあったし、スタッフ内の衝突の板ばさみにあった時も(笑)。勿論大変だったけど、入稿しちゃえばあとはやることなくて。


―2004年の趣旨を2006年の趣旨の違いについてお伺いします
増田: 前回のコンセプトは「互いに尊重し合える世界を広げる」ということで、結構大きい意味で捉えている、ワンコリ自体はその北東アジアの平和っていうようなところに目を向けて,学生たちがその考えを体現すべく活動していたことに対して、今回のコンセプトは、「Love Japan, Hug Korea」であり、フォーカスする視点をもっと身近に落として、在日コリアンの学生と日本人の学生がワンコリアフェスティバルをやるということに対しての、それぞれの想いを考え、来てくれたお客さんに伝よう、というものです。
海老原: 広報局は祭りのことをより多くの人に発信してかなきゃいけないから、そういった意味では本当に祭りについて、なんのためにやるのか、どういう人たちが関わっているのか、ってすごい一番知ってなきゃいけなかったんですよ。
趣旨についても勿論伝えなきゃいけないから、広報局の中でもお互いに意見交換しあうときとか結構あって、その時点ですごいバラバラだったし。
南北統一とかいうことを人もいれば、いや、互いに尊重し会える世界だよっていう人もいれば、祭り楽しいからいいじゃんっていう人もいたりして、すっごい大変だったんだけどでも一ついえるのは、そういう違いがあっても、祭りだから続いたんじゃないかなって、今思えばですけどね。
例えば、よくあるディスカッションセッションやセミナーとかシンポジウムで、最後になんかこう話したこと、結論出しましょうっていったときに、 多分そういう場だと絶対まとまんないと思うんだけど、祭りだからこそいろんな要素があって、いろんな想いがあって、それぞれが色々な形で、自分のやりたかったことプレゼンできたんだなっていうのがあります。

最終的に、みんな一つの共通な趣旨というよりも、祭りによって繋がっていたのかなっていう。それがワンコリアフェスティバルの一つの要素だとは思うんです。
梁: 私たちも趣旨を決めるのがすごい大変で、特に日本人側の趣旨が。5月からずっと考えて、3ヶ月経ってもまだなんとも言えなかったんです。
永尾: 日本人側で朝から集まったりとかして、それでもまだずーっと、決まらない決まらない、どうしよう…って悩んでいました
海老原: 例えば私は日本人だけど、ちょねは在日コリアンであって。私が在日コリアンのことを祭りやったからといって、全部語れますかって言われたら絶対語れないと思うし、やっぱりバックグラウンドが違う分だけ、理解しあおうと思っても、絶対全部って無理だから、でもやっぱりそういう風に、趣旨どうしようって話し合う機会ってのはすごい大切で、祭りだからこそ出るところだと思うんです。
だから違いがあっていいんじゃないかなぁってのが、私の結局の結論だった。
祭りが終わってから振り返るって思いましたね。


―最後に前回の代表から一言お願いします。
※ 時間に間に合わなかった為、最後に一言頂きました。
僕は予想通りだったんだけど、社会人になると、もう求められる役割をこなすってことがまず大前提になる中で、やっぱり自分の時間がそれで半分以上は消えるわけなんですよ。
それはまぁ、だから就職活動みんな一生懸命やると思うんだけど、そういう中で、学生というのは自分がどうしてもやりたいことをどうやったらお金を集めることができて、それを最も具現化できるのかっていう時間と力を持っていると思うんです。
ワンコリアフェスティバルに当てはめると営利目的ではないから、ビジネスとちょっと違うじゃないですか。お金儲けようとしているわけじゃなくて、なんかメッセージを発信したいんですよ。

ワンコリアフェスティバルということは、北朝鮮と韓国というフレーズをどうしても外すことはできないと思います。
ともすれば、僕ら、在日コリアンと日本人でやろうっていう中で、前回は特に、ネイティブの韓国人の方が来てたので、そこでもまた一議論あったのですが、俺らはどうなるんだっていう話が若干ありました。

今は事務所の小さい空間の中だけど、今後そのまま日本の中で、在日コリアンと日本人という構造だけじゃなくて、そこにネイティブのコリアとか、国交が正常化すれば、北朝鮮の人が来るかもしれない。
そういう風になる中で、やっぱりワンコリアっていうメッセージを、どんな形であれ、メディアを通じてだとか、イベントを通じて発信する以上、決してその学者並みのしっかりした意見じゃなくてもいいし、「そんなの薄っぺらい考えだよ」って誰かに言われてもいいので、日本でこのフェスティバルをみんなでやるっていう意識をしっかり持ってもらいたいです。 自分がなんでこの祭りに参加するのかっていうことに関しても、サラリーマンやお金を稼ぐようになったら考える機会はゼロに近いので、それに絶対にいい経験だし、一人一人に持っていただきたいです。

大学生でしかできないイベントなので、この祭りは是非一生懸命取り組んで欲しいと思います。

―スタッフ一同 ありがとうございました!!

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